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- [ 【大坂万博視察②】 初日の公務は、、14時に中国、15時にミクロネシア、16時はポーランドパビリオン。 翌日の午前は(公社)2025年日本国際万博会協会本部に訪れての座学と意見交換。午後は日本館の視察等、気忙しくアポが入っている。主に目黒区内に大使館があり、目黒区としても関係の深い各国のパビリオン群を公務としてご配慮を頂きながら視察させて頂くも、結果としては先の印象に変わりは無い。一方でポーランド館だけは国として万博への力の入れ様が他国と異なる。拝観後にショパンのピアノの生演奏を楽しませて頂く。また主催国たる国民として、日本館もおさえなければいけないと理解していたものの、都合、キャンセルとなってしまったのは残念であった。ミクロネシアパビリオンであるが、、 小さい国である故に、コネクティングゾーン・コモンズB館といったテーマ別の共同建屋に他の26か国位と一緒に入っていた。コネクティングと言うキーワードからすれば、“共有”とか、“共同”といったテーマと理解するのが無難なのだろうか。だが、建屋の中の展示に関して26か国で共通するイメージは見つけられなかった。各国がそれぞれの国の物産と、イメージ・ツーリズム外交をしている様にしか捉えられない。 先般も区内在所の大使館にお邪魔した事や、日頃から親しみをもってお付き合いをさせて頂いているからか、予約の時間には日本語を話すコーディネーターさんが来てくれて、丁寧に案内をして頂いた。恐らくミクロネシアの書記官クラスなのではないかな。。高々、議会内の会派の視察である我々であったが、Meguro-Cigy-Delegationとして、丁寧に扱って下さり(もしかしたら、間違って認識されているのかも??)、貝とヤシの葉で作った壁掛け的な織物の、記念アート作品のサプライズ贈呈を受ける。恐縮です!!目黒からは亀谷万年堂のお菓子でご挨拶を交わすという(;'∀')! 島国共通である航海技術の特性と、民族衣装、家内安全・子孫繁栄を祈ったり、象徴した木彫りの作品群をご紹介頂く。物販としては、鯖の様な缶詰、芋の瓶詰の様な食文化、サカオというお酒に似て非なる、沈鐘作用のある飲み物の話を伺う。このサカオがあるが故に、人々が平和で仲良く暮らせるとの事。気分が高揚するのではなく、落ち着くDown系の麻薬の様な作用をもたらすモノと想像する。親しみからか、どうしても下世話な話に終始してしまい、日本との歴史的な関わりや、ODA、資源関係の話は無かった。総括として、、 間違いなく万博という事業を通して我が国が諸国から注目されているのは事実である。そうである以上、国がどう見られたいのか?映りたいのか?イメージされたいのか?という自発的・能動的な視点はもっと表に分かりやすく出すべきで、オーバーツーリズムやキャッシュレス、デジタルスマートである云々を超えて、開催国側として求めるゴールの明確化は必要であると思う。 ホテル滞在中のTVは殆ど万博関連のニュース関係であった。それは都民としたら意外であり、つまり関西ローカルでは万全の広報と、盛り上がりに繋がっているものの、それが全国で同じか?とう事では無い。地域性のある情報の温度差という点で、広報活動に失敗しているのではないか?この視点と、これら手法に関しては、協会との意見交換の折に、厳しく指摘させて頂いた。 移動の大変さ、不便さ、混雑さ加減、また滞在や飲食のコストは想像以上のモノである為、ソコをどう捉えるか?という事は腹積もり一つである。前のめりに戦いを楽しみに来る以外の“解”は無い。受け身の姿勢で来博したならば、今般のキシの様に必ず残念な印象を持ちうるであろう。 あくまで可能性の問題であるが、夢洲という人工島に身を置く時に、たまたま大地震が来たらどうするのか?という事は最後まで気になってしまった。質疑の趣旨として聞きたかったのは安全地帯と避難路の確保と段取りだったのだが、時間が無く深堀りは出来なかった。協会側の答弁としては、来場者数に対して1週間分の非常食は確保されているとの事であった。 今般の万博の開催が、結果として国のナイトメアにならない事、言葉を換えれば負の遺産とならない事だけを祈りたい。その為には、とは言え多くの人が“万博”という代物の扱いを現地に行って、ご自身で確認し、咀嚼なさる事を。そして“万博”そのものの在り方に、催事としての万博に、21世紀に生きる我々が行きつく結論を導き出す他無いだろうと思う。 ]
[ 【大坂万博視察②】 初日の公務は、、14時に中国、15時にミクロネシア、16時はポーランドパビリオン。 翌日の午前は(公社)2025年日本国際万博会協会本部に訪れての座学と意見交換。午後は日本館の視察等、気忙しくアポが入っている。主に目黒区内に大使館があり、目黒区としても関係の深い各国のパビリオン群を公務としてご配慮を頂きながら視察させて頂くも、結果としては先の印象に変わりは無い。一方でポーランド館だけは国として万博への力の入れ様が他国と異なる。拝観後にショパンのピアノの生演奏を楽しませて頂く。また主催国たる国民として、日本館もおさえなければいけないと理解していたものの、都合、キャンセルとなってしまったのは残念であった。ミクロネシアパビリオンであるが、、 小さい国である故に、コネクティングゾーン・コモンズB館といったテーマ別の共同建屋に他の26か国位と一緒に入っていた。コネクティングと言うキーワードからすれば、“共有”とか、“共同”といったテーマと理解するのが無難なのだろうか。だが、建屋の中の展示に関して26か国で共通するイメージは見つけられなかった。各国がそれぞれの国の物産と、イメージ・ツーリズム外交をしている様にしか捉えられない。 先般も区内在所の大使館にお邪魔した事や、日頃から親しみをもってお付き合いをさせて頂いているからか、予約の時間には日本語を話すコーディネーターさんが来てくれて、丁寧に案内をして頂いた。恐らくミクロネシアの書記官クラスなのではないかな。。高々、議会内の会派の視察である我々であったが、Meguro-Cigy-Delegationとして、丁寧に扱って下さり(もしかしたら、間違って認識されているのかも??)、貝とヤシの葉で作った壁掛け的な織物の、記念アート作品のサプライズ贈呈を受ける。恐縮です!!目黒からは亀谷万年堂のお菓子でご挨拶を交わすという(;'∀')! 島国共通である航海技術の特性と、民族衣装、家内安全・子孫繁栄を祈ったり、象徴した木彫りの作品群をご紹介頂く。物販としては、鯖の様な缶詰、芋の瓶詰の様な食文化、サカオというお酒に似て非なる、沈鐘作用のある飲み物の話を伺う。このサカオがあるが故に、人々が平和で仲良く暮らせるとの事。気分が高揚するのではなく、落ち着くDown系の麻薬の様な作用をもたらすモノと想像する。親しみからか、どうしても下世話な話に終始してしまい、日本との歴史的な関わりや、ODA、資源関係の話は無かった。総括として、、 間違いなく万博という事業を通して我が国が諸国から注目されているのは事実である。そうである以上、国がどう見られたいのか?映りたいのか?イメージされたいのか?という自発的・能動的な視点はもっと表に分かりやすく出すべきで、オーバーツーリズムやキャッシュレス、デジタルスマートである云々を超えて、開催国側として求めるゴールの明確化は必要であると思う。 ホテル滞在中のTVは殆ど万博関連のニュース関係であった。それは都民としたら意外であり、つまり関西ローカルでは万全の広報と、盛り上がりに繋がっているものの、それが全国で同じか?とう事では無い。地域性のある情報の温度差という点で、広報活動に失敗しているのではないか?この視点と、これら手法に関しては、協会との意見交換の折に、厳しく指摘させて頂いた。 移動の大変さ、不便さ、混雑さ加減、また滞在や飲食のコストは想像以上のモノである為、ソコをどう捉えるか?という事は腹積もり一つである。前のめりに戦いを楽しみに来る以外の“解”は無い。受け身の姿勢で来博したならば、今般のキシの様に必ず残念な印象を持ちうるであろう。 あくまで可能性の問題であるが、夢洲という人工島に身を置く時に、たまたま大地震が来たらどうするのか?という事は最後まで気になってしまった。質疑の趣旨として聞きたかったのは安全地帯と避難路の確保と段取りだったのだが、時間が無く深堀りは出来なかった。協会側の答弁としては、来場者数に対して1週間分の非常食は確保されているとの事であった。 今般の万博の開催が、結果として国のナイトメアにならない事、言葉を換えれば負の遺産とならない事だけを祈りたい。その為には、とは言え多くの人が“万博”という代物の扱いを現地に行って、ご自身で確認し、咀嚼なさる事を。そして“万博”そのものの在り方に、催事としての万博に、21世紀に生きる我々が行きつく結論を導き出す他無いだろうと思う。 ]
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![[ 【大坂万博視察②】 初日の公務は、、14時に中国、15時にミクロネシア、16時はポーランドパビリオン。 翌日の午前は(公社)2025年日本国際万博会協会本部に訪れての座学と意見交換。午後は日本館の視察等、気忙しくアポが入っている。主に目黒区内に大使館があり、目黒区としても関係の深い各国のパビリオン群を公務としてご配慮を頂きながら視察させて頂くも、結果としては先の印象に変わりは無い。一方でポーランド館だけは国として万博への力の入れ様が他国と異なる。拝観後にショパンのピアノの生演奏を楽しませて頂く。また主催国たる国民として、日本館もおさえなければいけないと理解していたものの、都合、キャンセルとなってしまったのは残念であった。ミクロネシアパビリオンであるが、、 小さい国である故に、コネクティングゾーン・コモンズB館といったテーマ別の共同建屋に他の26か国位と一緒に入っていた。コネクティングと言うキーワードからすれば、“共有”とか、“共同”といったテーマと理解するのが無難なのだろうか。だが、建屋の中の展示に関して26か国で共通するイメージは見つけられなかった。各国がそれぞれの国の物産と、イメージ・ツーリズム外交をしている様にしか捉えられない。 先般も区内在所の大使館にお邪魔した事や、日頃から親しみをもってお付き合いをさせて頂いているからか、予約の時間には日本語を話すコーディネーターさんが来てくれて、丁寧に案内をして頂いた。恐らくミクロネシアの書記官クラスなのではないかな。。高々、議会内の会派の視察である我々であったが、Meguro-Cigy-Delegationとして、丁寧に扱って下さり(もしかしたら、間違って認識されているのかも??)、貝とヤシの葉で作った壁掛け的な織物の、記念アート作品のサプライズ贈呈を受ける。恐縮です!!目黒からは亀谷万年堂のお菓子でご挨拶を交わすという(;'∀')! 島国共通である航海技術の特性と、民族衣装、家内安全・子孫繁栄を祈ったり、象徴した木彫りの作品群をご紹介頂く。物販としては、鯖の様な缶詰、芋の瓶詰の様な食文化、サカオというお酒に似て非なる、沈鐘作用のある飲み物の話を伺う。このサカオがあるが故に、人々が平和で仲良く暮らせるとの事。気分が高揚するのではなく、落ち着くDown系の麻薬の様な作用をもたらすモノと想像する。親しみからか、どうしても下世話な話に終始してしまい、日本との歴史的な関わりや、ODA、資源関係の話は無かった。総括として、、 間違いなく万博という事業を通して我が国が諸国から注目されているのは事実である。そうである以上、国がどう見られたいのか?映りたいのか?イメージされたいのか?という自発的・能動的な視点はもっと表に分かりやすく出すべきで、オーバーツーリズムやキャッシュレス、デジタルスマートである云々を超えて、開催国側として求めるゴールの明確化は必要であると思う。 ホテル滞在中のTVは殆ど万博関連のニュース関係であった。それは都民としたら意外であり、つまり関西ローカルでは万全の広報と、盛り上がりに繋がっているものの、それが全国で同じか?とう事では無い。地域性のある情報の温度差という点で、広報活動に失敗しているのではないか?この視点と、これら手法に関しては、協会との意見交換の折に、厳しく指摘させて頂いた。 移動の大変さ、不便さ、混雑さ加減、また滞在や飲食のコストは想像以上のモノである為、ソコをどう捉えるか?という事は腹積もり一つである。前のめりに戦いを楽しみに来る以外の“解”は無い。受け身の姿勢で来博したならば、今般のキシの様に必ず残念な印象を持ちうるであろう。 あくまで可能性の問題であるが、夢洲という人工島に身を置く時に、たまたま大地震が来たらどうするのか?という事は最後まで気になってしまった。質疑の趣旨として聞きたかったのは安全地帯と避難路の確保と段取りだったのだが、時間が無く深堀りは出来なかった。協会側の答弁としては、来場者数に対して1週間分の非常食は確保されているとの事であった。 今般の万博の開催が、結果として国のナイトメアにならない事、言葉を換えれば負の遺産とならない事だけを祈りたい。その為には、とは言え多くの人が“万博”という代物の扱いを現地に行って、ご自身で確認し、咀嚼なさる事を。そして“万博”そのものの在り方に、催事としての万博に、21世紀に生きる我々が行きつく結論を導き出す他無いだろうと思う。 ]](https://kishidaisuke.com/blog/wp-content/uploads/2025/05/495366981_574408608522883_435367331205565725_n.jpg)
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